ゆうべつびと物語(6)クラリネット奏者、湧別町ふるさと応援大使、黒岩真美さん

 湧別町出身のクラリネット奏者、黒岩真美さん(48)は、現在、日本を代表する吹奏楽団「シエナ・ウインド・オーケストラ」の一員として全国で活躍しながら、苫小牧市を拠点に札幌大谷大学などで後進の指導にもあたっている。その音楽人生は、遠軽高校吹奏楽部(現吹奏楽局)、そして豊かな自然にはぐくまれた湧別町の大地から始まった。

昨年11月、直木賞作家の伊与原新さんと支笏湖で
昨年11月、直木賞作家の伊与原新さんと支笏湖で

パリでの邂逅、直木賞作家・伊与原新氏との出会い

 国立音楽大学を卒業した黒岩さんは、フランス・パリの名門エコール・ノルマル音楽院に留学した。クラリネット科および室内楽科で1等賞を得て卒業するという実績を残した。そのパリでの生活の中で、運命的な出会いがあった。のちに『藍を継ぐ海』で直木賞を受賞する伊与原新氏との交流である。

 ふたりは同じ留学寮で生活を通して語り合うようになった。北海道の四季、雪の中で春を待つ感覚、地元の風景――黒岩さんが語るふるさとの情景は、伊与原氏に深いインスピレーションを与えた。やがてそれは、2024年に刊行された小説『藍を継ぐ海』(新潮社)に収録された短編『星隕(お)つ駅逓(えきてい)』の核となり、遠軽町白滝を舞台とした作品世界を形づくることになる。黒岩さんの語った「春がある時、突然やってくる」感覚が、物語に季節の律動を刻み込んだのだ。

上湧別中学吹奏楽部時代、左端が黒岩さん
上湧別中学吹奏楽部時代、左端が黒岩さん

上湧別中学校でのクラリネットの出会い

 黒岩さんの音楽の原点は、上湧別小学校、上湧別中学校時代にある。小学校では器楽、中学では吹奏楽部に入り、クラリネットと出会った。当初は趣味の延長のような感覚だったが、音楽の持つ奥深さに惹かれていった。

 思い出深いのは、冬の朝、白い息を吐きながら練習に通った校舎、仲間との合奏、そして音を合わせたときの一体感。厳しい冬と、それを包み込むような地域の温かさが、彼女の音楽にある透明感と温もりの源になっている。

遠軽高校吹奏楽部時代、左から4人目が黒岩さん
遠軽高校吹奏楽部時代、左から4人目が黒岩さん

遠軽高校吹奏楽部と恩師の導き

 音楽への情熱が本格的に芽生えたのは、遠軽高校への進学が転機だった。吹奏楽部に入部し、クラリネットと本格的に向き合い始める。そこでの恩師が、当時教諭だった今井成実先生である。今井先生は黒岩さんの才能をいち早く見抜き、休日にも練習に付き合い、札幌や帯広のレッスンにも車で連れて行ってくれた。

 一人ひとりの技術を徹底的に引き上げる指導は厳しくも情熱に満ちていた。「音楽とは、音を出す前の“姿勢”と“心”が大切なんだよ」という今井先生の言葉は、今でも演奏のたびに蘇るという。

国立音大、そしてパリ留学へ

 高校卒業後、音楽大学への進学を決めたが、家庭からの反対もあり、一度は浪人を経験する。それでも諦めきれず、努力の末、国立音楽大学に合格。東京での学生生活では、全国から集まった精鋭たちに囲まれ、自己との闘いの日々が続いた。練習に次ぐ練習、自らの弱さを見つめる日々――しかし、その努力がやがて実を結び、奨学金を得てパリ留学を果たした。

 パリの音楽院では厳格な演奏指導とともに、「自分の音を持つこと」を強く求められた。「技術よりも、自分らしさをいかに音に宿すか」を学んだという。

昨年2月、苫小牧市議会で演奏する黒岩さん
昨年2月、苫小牧市議会で演奏する黒岩さん

シエナ・ウインド・オーケストラと苫小牧での生活

 帰国後、日本の吹奏楽団「シエナ・ウインド・オーケストラ」のオーディションを受ける。53人が受験した狭き門を突破し、唯一の合格者として入団した。佐渡裕氏との共演、全国ツアー、音楽祭――音楽家としての夢を一つずつ実現していった。

 現在は、夫とともに苫小牧市に在住。地元を拠点に全国で演奏活動を続けるかたわら、札幌大谷大学では教員として後進を指導。さらに自身が主催する「マミフェス」を通じて、若手演奏家の舞台づくりにも尽力している。

ふるさとの原風景が与えた音楽的感性

 湧別の雪、白樺林、オホーツク海から吹く風――そうした原風景は、黒岩さんのクラリネットの音色に宿っている。「自分の音には、あの時見た景色が息づいている」と彼女は語る。北海道の長く厳しい冬を越えて迎える春。その一瞬の美しさを音で表現すること。それが黒岩さんにとっての音楽の核であり、原点なのだ。

 2019年には湧別町ふるさと応援大使に就任。町のPRやイベント出演、地元の学校での演奏指導などを通じて、ふるさととのつながりを深めている。伊与原氏の直木賞受賞作『藍を継ぐ海』にちなんだ記念講演が今夏に遠軽町、北見市に開催される予定であり、「文化を通じて地域をつなぐ」役割を果たしている。

 湧別高校はじめ地元の吹奏楽の後輩たちには「どこにいても音楽は学べるし、ふるさとはあなたの力になる」と語りかけている。演奏家としてだけでなく、地域の文化をつなぐ担い手としての役割が、今まさに広がっている。

(取材・文/ふるさと特派員 清宮 克良)